相手の愛着障害

結婚を前提にお付き合いしている女性Aさんが愛着障害かもしれない。

 

こちらに対する依存度が高いかもしれない。

感情的になって急に怒り出すかもしれない。

 

お相手は一度離婚経験のある方。

どうも結婚相手がモラハラの旦那さんだったようだ。Aさんが言ったことを言っていないって言ったり、都合のいいように解釈されたそうだ。

 

もしかして、Aさんが求めすぎた?

旦那さんはそれが嫌になって、拒否したことから感情的になった?

言った言わないがAさんにとっても分からなくなった?

 

親への挨拶を急かされている。

結婚式の日取りも。

 

あとは、あまり自分の提案を採用してくれない気がする。その日の出掛け先とか、ご飯とか。

 

自分よりも1歳年上だから焦るのは分かるけれど、自分は正直戸惑っている。

 

ベタベタされることに。

そんなに急ぐことに。

 

お互いに自立しながらも、頼るところは頼って。

そんな家庭を想像していたけれど、実現できるのだろうか。

 

これは、自分の愛着障害が原因か?Aさんの愛着障害が原因か?

 

確かなことは、心労が増えているということだ。。

 

もう分からなくなった。。

相手

婚活を続けている。

 

前の方とお別れしたのが年度末。

 

GWくらいからまた結婚相談所で活動再開した。

結婚相談所の支店も担当者さんも変えて。

活動のスタンスとしては、あまり無理しないようにした。

1日に何人もの人と会って、週末を消費しても、疲れた状態でいい判断ができないと思うので、適度に頑張った。

 

再開して1人目にお会いした方は、とても美人というか、可愛い方で、女優さんかと思うくらいだった。

 

何度かご一緒したのだけれど、どうもギクシャクする。

 

お互いの感覚が違うのだろう。育ってきた環境や価値観が違うのが、このギクシャクになっていると思う。

 

相手は見た目がとてもいい方。ここでお断りするのは…という思いと、一緒にいて気まずさを感じる人といていいわけがない、前回の失敗を覚えてるだろう。という思いとでかなり葛藤がありました。

 

結果的に、お相手も合わないと感じていたのか、お互いに連絡がなくなり、消滅となりました。

 

その後、細々と活動を続け、9月に出会った方と結婚を見据えたお付き合いまでに至りました。

 

その方とは会ったその日から話が尽きず、共通点もいっぱいで、自然とトントン拍子で話が進んでいきました。

 

まだ1ヶ月なので、この先どうなるかは分かりませんが、今までの活動がこの出会いに繋がっているような気がしています。

 

3歩進んで2歩下がってきた結果、今の位置にいるような。

 

人生ってこんな感じの繰り返しなのかな…

 

だとしたら、正直しんどいなぁ。休み休みやらないとな…。

雑記

ブログを書くのが億劫になり、かなり期間が空いてしまった。

 

仕事が天候に左右されるため、最近の雨、台風の被害を受けている。

仕事ばかりで疲れてしまっている。

 

あとは、婚活を続けている。

まぁまぁな数の出会いと別れを繰り返し繰り返し経験している。

出会いと別れといっても、お付き合いするまでもないコンタクトだが。

 

どんな人がいいのか、正直分からなくなってきた。なんとなく合わないと感じてしまったり、嫌な部分に気づいてしまったりで、お断りしているのが多い。

 

精神的にもつらい。誰にも言ってないし、言えない。

でも、続けるしかないんだろうな。

 

分かったことがある。

自分は、結婚というと、結婚式を一番に思い浮かべる。

大勢の目がある中で、夫婦が凝視され、スピーチを聞かれ、、、かなりネガティブなイメージがある。

世間の目が気になるのだ。

お相手にも、それを求めているのでは。世間体にもいい奥さんですねと言われるような見た目と性格。

そんなだから見つからないんだろうな。

 

自分の心に正直に。

そんなことは分かってるし、正直な結果がこれだから。

まだ時間がかかりそうだ。。

自己分析

更新がかなり空いてしまった。

 

年度が変わるタイミングでバタバタしていたのと、なんだか更新する気持ちにならなかった。

 

お付き合いしていた人とは年度末にお別れした。

お互いにいまひとつ踏み込めなかった。

よそよそしさがいつまでも取れない。

似た者同士だったんだと思う。

 

自分がこんな性格だから、相手が神経質だと負のスパイラルに陥るのではないかと自己分析。

 

ある程度あっけらかんとした明け透けな性格の人の方がいいのかもしれない。

 

恋愛はかなりエネルギーを消耗する。

 

この疲労感と期間というとても大きな代償を払ってひとつ学ばせてもらった。

 

結婚(恋愛)については、既に次の行動に移っている。

次は落ち着いて焦らず、自分に正直に判断したい。

勢いも大事というが、自分にはリスクが大きすぎる。

 

三歩進んで二歩下がる。本当に少しずつしか進まない…。

今年中に落ち着きたいな…。

結婚とは

結婚とは何か。

 

それは契約である。

 

生涯お互いに協力して生活しましょうという。

 

親子関係とは違う、契約がないといけない関係。

親子や親戚の間には無償の愛がある。

しかし、夫婦間には無償の愛は生まれにくい。結局のところ赤の他人だから。

 

親子間では許せた相手の欠点も、夫婦間では決裂するほどに許せなくなる場合があると聞く。

 

 

実のところ夫婦2人の間には利害関係が発生して上手く成り立っているのだと思う。

 

例えば、分かりやすいのが、一方が生活資金を稼ぎ、もう一方が家庭を守る関係。それぞれの役割を果たすから関係性が成り立つ。

 

一方が世間の流行や遠くの地理に長けており、一方が家の中のことや近所の情報に長けている関係。それぞれが得意な分野で能力を発揮するから助け合え、関係性が成り立つ。

 

どんな利害関係でもいいから、関係性が成り立つことで結婚はスムーズにいくと思われる。

 

結婚における無償の愛は滅多に存在しないと思う。

無償の愛があるなら、なぜわざわざ契約を交わすのか。それは、そうしないと破綻しかねないからではないのか。

 

最近、晩婚化が進んでいると聞く。

その原因として、よく挙げられているのが、娯楽の多様化、女性の社会進出だということもよく聞く。

 

もう少し掘り下げてみると、お互いの利害関係が一致しなくなってきたのではないかと思う。

 

女性が社会進出することで、生活資金を自分で十分に稼ぐことができ、そんな関係性に頼らなくても良くなった。

 

外の世界や娯楽にも十分に触れ合える機会が増え、男よりも活発な人もかなりいる。男にいろいろ教えてもらうこともどんどん減ってきた。

 

実際に、女性は昔よりもかなりたくましくなっているのではないかと思う。精神的にも肉体的にも。

 

反対に男は女性に対して優位に立てるものが少なくなり、反面、プライドは保ちたいから、がっつかない。結果的に草食系男子と呼ばれるようになった。

 

ひと昔前は、亭主関白で男は黙って仕事に行き、家事や子育ては女性の仕事、なんて時代があったが、あの関係性は実に利害関係が分かりやすい。

 

こんな時代なら、お見合いをやってもうまくいくだろう。互いに心の底から性格を確かめ合う必要なんて無いから。それぞれの役割を果たすことが結婚だったから。お互いの性格の不一致は後から付いてくるおまけ。

その反動で熟年離婚なんてことが起きている。

 

 

今では、よっぽどお互いの性格が一致しないと夫婦間がうまくいかない割合が増えてきたと思う。結婚してもすぐ離婚。

 

 

 

ここで、自分の場合を振り返ると、

自分はプライドが高く、結婚して尻にしかれるなんてことは嫌になると思う。自由にさせてほしい。

 

だとすると、自分と同じかそれ以上に頭が良く、口が達者で、自分の意思を示すひとはダメなんだろうと思う。

そしてバリバリ働いていたり、男の社会で揉まれているようなデキる女性もダメなんだろう。

 

控えめでちょっと抜けてて家事が得意な女性、こんなイメージの相手じゃないと利害関係が一致しない。

 

 

ほかに、結婚相手を見つける別の観点として、何かしっかりした共通点がある人を見つける観点もある。

 

すごく好きなことや、生涯続けたい仕事など、しっかりした共通点である。

 

要するに、その趣味や仕事で繋がってるということである。

 

育ってきた環境が同じとか、昔から続けてきた趣味が同じとか、職種が同じとかのときに成立しやすいように思う。

同じコミュニティであること。趣味サークルや職場、生まれた地域など。

 

 

 

なかなかどちらも難しそうだ。

無償の愛なんて無い。利害関係なんだ。

とは思いたくはないけれど、結局、社会ってそういう仕組みなのではないかな。。

行き当たり

閉塞感にとらわれている。

 

袋小路に行き当たってしまったような。

 

自分の中で筋が一本通っていないと地に足がついていないというか、ひとりの人間として胸を張っていられない。

 

 

 

最近、いとこの結婚式があった。

親戚のおじさんおばさんがいるんだが、会話の節々の言葉が胸をえぐってくる。

 

「なんで結婚しないんだ、選り好みしてるんだろう。」

「あなたB型だと思った。マイペースだから。」

言葉以外でも、自分とは会話をせず、弟とばかり話をしていた。

 

 

別の日、彼女の誕生日をお祝いした。

晩御飯、いい感じのお店を予約して、プレゼントを渡した。

喜んでくれた。

なのになんだか重い沈黙があった。

言葉では言い表せない感じ。

お互いに無理してるような、何か言いたいけれど言えないような。よそよそしさ。

 

 

思い通りにならない人間関係がつらい。

多分、相手がどうとかはそれほど関係なくて、自分で自分を分かってないのが一番の原因かもしれない。

 

 

とある人に相談した。

彼女のことで不安に思うことがあると。

その流れで、言われた。

 

「あなたはプライドの塊のような人。自分が一番でないと気が済まない。」

「あと、多分彼女はあなたのことがそんなに好きではないと思う。彼女もプライドが高い人。自由にしていたい人。」

 

 

彼女のそれが本当かどうかはまだ分からないけれど、自分に関することはギクっとなった。

 

無駄に高いプライドを傷つけないよう、人目を気にして優等生的な位置を守り、友人と距離を置きたがり、兄弟とさえ意識せずとも比較して優劣を付けてしまう、何かを教わることは続かず、女性と付き合うときは世間の目を意識してしまう。

 

要するにそういうことだったのかと、ある意味落ち着いたというか、納得もした。

 

 

それで、これからどうすればいいのか、分からない。

 

行き当たってしまった。

集中できる環境

部屋での作業はできない。

何度も試したけれど無理だと悟った。

 

自分はひとりの場合よりも、人の目がある環境のほうが集中ができる。

あとはスキマ時間と呼ばれるタイミング。

 

 自分がいろいろ思いつくタイミングは、車を運転しているとき、電車やバスに乗っているとき、お風呂に入っているとき、図書館など。

 

その環境で作業できないだろうか。

 

 

図書館での勉強は一般的だが、できるだけ人目の多いところでないとダラけてしまう。

 眠くなってしまうのだ。。

 

 

電車やバスに乗っているときというと、普段は車通勤だから、限られる。

 

いっそのこと、電車やバス通勤にすれば、その間読書の時間がとれる。

 

スキマ時間というもので、限られた時間だからこそ集中できる。

 

 

お風呂の中だと、防水ケースに入れたタブレットで本を読む、あるいは文章を書く。

 風呂場は最近すごく寒いから、風邪をひかないようにしないといけない。

 

 

車を運転しているときは、スマホは使えないし本も読めない。

できるのは音楽を流すことくらいか。

英語、落語、自己啓発、、、。

 

結構、できることは多そう。

 

自分の部屋では勉強をしない。

そう決めてしまえば逆に楽になる気がした。